法事に必要な時間は約1時間です。
その内訳はおおよそ読経が25分から30分、法話が10分、そのあとお墓参りをして終了となります。
読経の最後には、般若心経や諸真言など法事に来られる年齢の方々なら比較的なじんでおられるお経を中心に「仏前勤行次第」という手づくりの小冊子を配って、みんなでお唱えします。
こんな方法にしたのは、昭和52年ころ法事にお参りして読経をしているときのことがきっかけでした。
当時は、法事に招かれる親類縁者のほとんどがミカン農家でした。
その人たちがそれぞれ農作業の進み具合や消毒、摘果、実のなり具合などを、法事最中、小声ではあるのですが真剣に話し出して、うるさいのです。
坊主の後ろに座ってただ訳の分からないお経を聞いているのが、ある意味苦痛だったのでしょう。
あるいは小坊主に遠慮は無用でお経の最中であろうとそれほど失礼とは思われなかったのだと思います。
私が至らないことも大きな原因ですが、とにかくうるさいのです。
そこでお経の最中の口封じのため考えたのが、昔ですから、鉄筆を使ったガリ版印刷で「仏前勤行次第」をつくり、みんなで一緒にお唱えすることだったのです。
お経の後半で「ご一緒にお唱えください」と声かけをし、参列者全員で読経唱和を始めたところ、まずまず評判よく受け入れられました。しかも案外効果は早く出てきて、それ以来、読経中の会話は全くといっていいほどなくなりました。
ところが困ったことも起きてきました。それは「仏前勤行次第」の冊子をほしいという人が増えてきたのです。
しかしなんといっても当時はコピー機もワープロもましてやパソコンもありません。鉄筆で油紙に手書きし、インクを染みこませたロールを一回一回、押し転がしながら刷り上げ、一冊ずつ製本するのですから、増刷が大変なことはいうまでもありません。
当初はお断りをし、お貸しするだけにしていたのですが、なぜか法事のたびに冊数が減っていくのです。
そうです。内緒で持って帰られるのです。
そこで思いついたのが冊子ではなくB4用紙一枚に「仏前勤行次第」すべてを書き込んだものをつくり、ほしい方にはそちらを差し上げることにしたのです。
しかしそれでも、
「冊子本の方が字が大きいから見やすいので、それがほしい」と、いいだす人もありました。
そんなこともあったので、さらに思い切って、約400部つくって檀家皆さまに一冊ずつ差し上げることにしたのです。
私は法事の時、よく言うことがあります。
それは「寺から里へ」ということです。
かつては、農家でとれた野菜やミカンなどをお寺へもっていくのはごく普通のことで当たり前のような行為でした。ですから「里から寺へ」は当たり前のことと言えます。
反対に、お寺のお供え物やいただきものなどを檀家さんに配るようなことはまずありません。
ですから「寺から里へ」という言葉は「めったにない」という意味をもっています。
しかしこの田舎寺では「仏前勤行次第」を無料で差し上げます。
「寺から里へを実践する、めったにないお寺なんですよ」と、もったいぶって差し上げるんです。
合掌